GOING MY WAY ~行動はあなたの思いを変えられる~

サラリーマンであったマンティー・チダの半生を描きながら、これから浪漫を追い求めるあなたにお届けする浪漫STORY!

自由に生きちゃだめなの?

20170830

習い事をお子さんって多いですよね。最近では英会話スイミングが人気らしいです。でもなんか、無理感があるというか……。本当に楽しんでいるのかなって思うんですよね。

 

マンティー:子どもが将来困らないように、先回りして習わせる親が多いよね。

 

M:子ども達にいろいろなことをチャレンジさせてあげることはいいけど、なんか違うような気もしますね。みんなと同じことを勉強して、同じ習い事をして、まるでロボットを作っているみたいです。もっと自由に生きる選択肢をあげてもいいんじゃないかと。

 

マンティー:子供のころ、『裸の大将放浪記』というドラマをよく見ていた。このドラマは山下清画伯をモデルとしたドラマで、短く刈り込んだ坊主頭に、上はランニングシャツ、下は半ズボン、背中にはリュックに傘、スケッチブックを抱えているという出で立ちで街を放浪する。清はおむすびが好物で、お母さんが死ぬ間際に「おなかがすいたら出会った人たちからおむすびをもらって食べるように」と言われ、人々から施しを受ける。しかし、実際は言い逃れるためのウソであった。

 

ドラマのなかでは、清が街を放浪する中で事件に出くわし、ひと悶着がありながらも、清の人柄で解決し、別れ際に『貼り絵』を置いていき、次の旅先に出かけていくというストーリーだった。

 

このドラマを見て思うことは、ドラマの中の清は自由奔放ながら、すごく純粋な人だということ。ドラマをしていたころは、実際に住んでいた町の周辺も、自由でのどかな雰囲気であったような気がした。友達と裏山に登り、基地ごっこもしたなあ。公園とか街を走り回っていたし。

 

しかし、昨今の街の様子を見ると、両親は共働きが当たり前だから、自宅から離れて友達と遊ぶことは難しくなったし、テレビゲームが普及したため、家の中で遊ぶ傾向がある。さらに、中学入試も一般化してきて、学校帰りに塾へ直行という児童も多くなった。

 

考えてみると、塾へ行きながら中学入試を迎えるとか、習い事をするとか、果たして子どもたちの自由な意思は存在するのだろうか。親自身が現在の状況を踏まえて、親自身ができなかったことを子どもたちに託しているのではないだろうか?と思うね。

 

M:自然の中で遊ぶ機会が少なくなってきたのは残念ですよね。自然の中で遊ぶことで学ぶことも多いはずですし……。何より心の柔軟性が育つと言いますね。これから変化の激しい時代を生き抜くためには、自由な発想が必要ですから。子どもも大人も。

 

市川うららFMで放送中の「はーもにーぷれいす」は、これからの教育、保護者支援などをテーマです。気になったかたは、ぜひ、聴いてみてくださいね。


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音符ラジオはこちらから音符
市川うららFM http://www.fmu.co.jp/ 

第1・第3木曜日 18:30~19:00

市川市・浦安市周辺の方は、周波数83 MHzに合わせてお聴きください。
(周波数が変わりました。)

 

それ以外の地域は、サイト内のjcba-sを押してください。

ネット環境が整っている前提で、インターネットからお聴き頂くことができます。

 

さらに!放送を聞き逃してしまった方は、こちらから過去放送を聴くこともできます。
http://www.fmu.co.jp/harmony.htm

 

どうぞ、よろしくお願いしまするん♪


 

やりたいことを見つける?

20170829


いつもは、ナビゲーターのMと会話しながらお届けしていますが、Mが畳の間で眠りについてしまったため、今日は私マンティー・チダがお届けします。

皆さん唐突ですが、やりたいこと見つけていますか?この答えに「はい!」と答える人いますよね。

でも、あなたの想いが100%詰まったやりたいことでしょうか?

私は、今スポーツジャーナリストを自分で試行錯誤しながらしていますが、まだやりたいことは100%ではないですね。しかし、やりたいことに近づいていることは事実です。

では、子どものころからそこを目指していたのかと言われたら、違うんですよね。子どものころは、不器用だったというのもあり、趣味もなく、学校ではいじめられ、将来大丈夫なのだろうかと思いながら生きていました。そして、社会人になっても、趣味は見つからず悶々としながら過ごしていました。

ある事件がきっかけで、このままではまずいと考え、まず始めたのがアコースティックギターでした。なんとなく楽器に憧れがあり、社会人になってからですが、チャレンジしてみようと決心し、ギターも購入しスクールにも通いました。足掛け5年通い、スクールの発表会にも2回出場しましたが、自宅練習をほとんどせずあまり上達もできませんでしたね。

そして、体を動かさないといけないという危機感に陥り始めたのが、テニスでした。まったく初心者だったので、スクールの初心者コースから行きました。ラケットでボールを打つ感触が楽しくて続けることにしました。次第に週3でスクールに通い、約8年続けました。しかし、この当時は仕事でストレスをためる毎日で、テニスに夢中になることでストレスを発散していました。テニスはストレスを発散する道具にすぎず、あるところで上達するスピードは緩やかになり、大阪から東京へ転勤で引っ越すタイミングでテニスから離れました。

今は、ラジオ番組制作や取材活動をしていますが、なかなか自分の満足できる状況にはなっていませんし、100%やりたいことでもないのです。しかし、一定の手ごたえは感じていて、理想には近づいています。

こうして私は、いろんなことに手を出しながら、ここまで生きてきました。やりたいことを見つけるためには、いろいろ手を出し足を使わないと厳しいなと思います。そして継続させて手ごたえを感じられるか。ここが大事なポイントだと思います。

やりたいことで活動し、一定の手ごたえを感じた瞬間、やりたいことに近づくのではないでしょうか?


「空気を読む」ってどういうこと?

20170828

「自分らしい行動をすること」と、「空気を読む」ということ、いっけん違った意味のようですが、意外に関係性があるようです。そこで今回は「空気を読むこと」についてマンティーさんと話し合いました。

 

M:日本では、協調性を美徳とする風潮がありますよね。特に最近は「空気を読め」ってよく言いますけど、いい意味でも悪い意味でも、いろんな解釈があると思うんですよね。マンティーさんはどう感じますか?

 

マンティー:会社勤めをしていると、みんなの顔色を窺って、その場の雰囲気に合わせていないと孤立してしまうという恐怖感がある人は多いと思う。上司に気にいられないと出世もできないし、みんなと違ったことをして居場所がなくなることが怖いと思うんだよね。だけど、会社での常識が、世間一般の常識とは限らない。そこで、そのギャップに苦しむ人もいるんじゃないかな。本来の“場の空気を読む”という意味からずれているような気がしてしかたないんだ。

 

M:マンティーさんの思う、本来の“場の空気を読む”とは、どのようなことでしょうか。

 

マンティー:そうだね。いろんなパターンがあるけど、その場の人々の動きをしっかり考えることかなと。この後どうなるとかね。スポーツの取材で試合終わりに記者会見や個別取材をするけど、ヘッドコーチや選手は試合後だから疲労もあるし、選手に関しては体のケアもある。だから、できるだけ短い時間で選手やヘッドコーチが言いたい言葉を引き出す気持ちで臨んでいる。人によっては、あれもこれも聞きたくなって、そのうちに無駄話になり、時間だけが過ぎていく。これは選手にとっては決して喜ばしいことではないと思うな。練習などあらかじめロングインタビューですという設定であれば、そこは問題ないと思うが、こういうところで“場の空気を読む”べきかなと。

 

M:なるほど。自分のことばかり考えて、選手の体のケアのことやコーチの気持を無視した行動に出てしまうのは、見ていて痛いですよね。本来、“空気を読む”というのは、保身のためではなく、相手のことを想って行動することなんですね。私も“空気を読む”行動を心がけたいと思います!

マンティー・チダ